和裁士

和裁士とは、着物を仕立てる職人のことです。素材に裁断や裁縫を施し、着物や浴衣、袴や羽織といった和服に仕立て上げます。和服は洋服とは作り方が大きく異なり、独自の工程を多く含みます。また、和服の多くは手縫いで仕立てるので、知識と技術だけでなく根気や忍耐力が必要です。

現代の日本ではシャツやワンピースといった洋服が一般的ではあるものの、七五三や成人式、夏祭りなど、イベント事の際に和服を着る機会は多くあります。また、和服は日本が海外に誇る文化の一つであり、和裁士は日本の伝統文化を後世に繋いでいく役割も担っています。

和裁士の仕事

和裁士の仕事は、おもに以下の3つです。

①仕立て

仕立てとは、簡単にいえば「布から着物をつくること」です。

和服は、反物(たんもの)と呼ばれる一枚の長い布からつくられます。反物は円筒の芯に巻かれた状態で販売されており、小紋や紬、浴衣などさまざまな和装に仕立てられます。反物の「反」は布の長さを表しており、着物を一着仕立てるためには一反分の生地が必要です。

着物の仕立ては、おおよそ以下の手順で行なわれます。

  1. 反物の布目を整える
  2. 裁断方法を考える
  3. それぞれのパーツに裁断する
  4. 衿の肩あき(肩山に入れる切れ込み)を裁断する
  5. 「へら」を用いて、できあがりの線をつける
  6. それぞれのパーツを裁縫する
  7. 「こて」を用いて、縫い代に折り目をつける
  8. パーツをつなぎ合わせる

着物の仕立ては、生地のゆがみを直すところからスタートします。次に、着る人の身長や柄の出方など、さまざまな要素を考慮しながら反物をパーツごとに裁断します。洋服と和服の最も大きな違いは、この裁断のやり方です。洋服が体の曲線に合わせて生地を裁断するのに対し、和服は反物を直線状に裁断し、長方形の布を縫い合わせていきます。

ほかにも和服の仕立てには独自の工程が多く、印を付けるために使用される「へら」、和裁用アイロンの「こて」など、洋裁にはない道具も少なくありません。また、基本的に和裁はすべて手縫いで行なわれるため、卓越した手縫いの技術も求められます。

なお、仕立ての仕事は、おもに以下の2パターンです。

  • 店頭で販売する完成品の着物を仕立てる
  • お客様から依頼された反物を着物に仕立てる

完成品の着物は仕立て代込みで販売されており、購入後すぐに袖を通せることから幅広い層に需要があります。一方、反物の状態から仕立てる着物は、いわばオーダーメイドの衣服です。お客様の身長や要望に合わせて、一人ひとりにぴったりの着物を仕立てます。

②仕立て直し

着物は着るだけで上品な雰囲気を身にまとうことができ、年齢を問わず長く着られることが多いものです。しかし、着物は着る人の背丈に合わせて仕立てられるので、身長が伸びれば当然サイズが合わなくなってしまいます。また、経年劣化により、生地全体が色あせたり、擦り減ったりすることもあるでしょう。大切な着物を長期間着続けるために、サイズ直しや劣化部分の修正を行なうことも和裁士の仕事の一つです。

③後進の育成

着物は日本が誇る伝統文化の一つであり、海外からも多くの注目を集めています。しかし、現代の日本では、日常的に着物を着る機会が減り、和裁士の数も減少しています。弟子を取ったり、仕立ての教室を開いたり、「着物の仕立て」という伝統技術を後世に伝えていくことも、和裁士の重要な役割です。

和裁士になるには?

和裁士になるために、特別な資格は必要ありません。未経験の採用枠も多く、入社後に研修を受けることで和装士として働くことができます。しかし、プロの和裁士として活躍するためには「和裁技能士」の取得が望ましいとされています。

和裁技能士は、都道府県職業能力開発協会が実施する国家資格の一種です。和裁の仕立てに関する知識や技術レベルに応じて3級から1級までの3段階に分かれており、それぞれ以下の要件を満たすことで受験資格を得られます。

●3級:6ヵ月以内の実務経験でも受験可能

●2級:2年以上の実務経験

●1級:7年以上の実務経験

なお、職業訓練歴や学歴に応じて、実務経験の期間が短くなるケースもあります。3級は実務経験が浅い人でも受験可能なので、就職後はまず3級からスタートするとよいでしょう。

試験は学科試験と実技試験に分かれており、学科試験では採寸や裁断、縫製作業といった仕立ての知識だけでなく、服飾美学や安全衛生に関する知識も求められます。実技では和裁に関する縫製技術が試され、製作課題は2級・1級ともに女子用袷長着(あわせながぎ)です。長着は和服のなかでも最も一般的な衣類ですが、1級の試験では上級者たるにふさわしい技術力が求められます。

就職前に取得するなら、和裁検定試験がおすすめです。和裁検定試験は東京商工会議所と全国和裁着装団体連合会の共催で行なわれる資格試験で、4級~2級は年齢・学歴・経歴問わず誰もが受験できます。なお、1級を受験するためには、和裁検定または和裁技能士2級が必要です。

試験は筆記試験と実技試験に分かれており、3級以上は部分縫いの試験もあります。筆記試験では和裁の常識や裁断図解の知識が問われ、被服の種類に関する問題も出題されます。実技試験の課題は、4級は女子用浴衣、3級以上は女子用袷長着です。

専門的な学校・学科はあるの?

和裁士を目指すなら、服飾系の専門学校や大学・短大に進学するのがおすすめです。なかには和裁の専門課程を設けている学校もあり、着物や浴衣の仕立てだけでなく、染物や日本刺繍などを総合的に学べます。また、各種検定の対策講義を実施している学校を選べば、個人では難しい実技試験の対策もしっかり行なえるでしょう。

和裁士の年収・給与・収入

和裁士の平均年収は、約240万円です。月額給与額の平均は約20万円で、一般的なサラリーマンの月収を10万円以上下回ります。日本人の平均年収が約440万円であることを考えても、和裁士の収入はやや低めであるといえるでしょう。

和裁士は和裁所や和裁縫製所、反物店や呉服店に就職するのが一般的ですが、正社員としての就職は容易ではなく、アルバイトや派遣社員の割合が比較的高いとされています。この非正規雇用率の高さや、和装業界全体が縮小傾向にあることが、和裁士の収入が低い原因のようです。

しかし、和裁士はスキルを磨けば磨くほど「一流の職人」として重宝され、年収も上がっていく傾向があります。また、経験と実績を積めば、和裁士として独立することも可能です。着物の仕立てを依頼する人は減少しているものの、成人する子どもへのプレゼントなど、特別な贈り物としてオーダーメイドの着物を購入する人は少なからず存在します。振り袖の仕立て代は4~5万円が相場なので、口コミで顧客を増やせれば生活するには十分な収入を見込めるでしょう。ただし、着物を仕立てるには1着あたり2~3日程度の期間が必要であり、一度にたくさんの依頼を受けるのは困難なのが実情です。

和裁士の社会のニーズ・将来性・まとめ

日本人が着物を着る機会は減少しているものの、「所作やふるまいが自然と美しくなる」「長く着続けることができる」など、着物の魅力は数多くあります。また、着物が普段着から特別な衣装に変わった現代だからこそ、誰かの晴れの日を彩ることに大きなやりがいを感じられるはずです。

さらに、近年は既成概念にとらわれないモダンなデザインの着物も増えており、有名ブランドやアニメとのコラボ商品が登場するなど、より多くの層にリーチすべく、業界全体として試行錯誤している様子が見て取れます。和の文化の奥深さを感じられることから、和装品は日本のお土産としても人気です。

一方で、和裁士の数は年々減少しており、高齢化も問題視されています。日本の伝統技術を受け継いでいく存在として、若い和裁士はとても貴重な存在です。和裁士としての技術に「若者ならではの視点」をプラスすれば、若い世代に着物の魅力を伝える担い手となることも可能でしょう。これからの時代、和裁士として活躍するためには技術や知識だけでなく、さまざまな分野や流行に興味を持つことが必要です。

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